『6歳の娘・・『死』に対する恐怖 その1』の続きです。
6歳の娘は、もともと怖がりだったが、最近『死』というもに対して怖くなってきたようだ。
母の友人が亡くなっぐたという話を旦那としていたら、『しんだってきいたから・・こわくなっちゃった』と涙ボロボロの大泣き。
これは本当にびっくりした。
私も小学1年生の頃に、『いつか人間は死ぬんだ』と自覚した記憶はあるが、この時はあまり具体的に考えず、そこまで『死ぬが怖い』とは思っていなかった。
私が『死』に恐怖した時期
小学校1年生の時に、『いつか死ぬんだ』となんとなく理解した後、次に、『死』について、考えて、本気で怖がるようになったのは、小学校4年生のこと。
当時、私は、子供用の伝記をよく読んでいた。
夕食を食べている時に、ふと伝記の人物(誰かは憶えていない)は、今どうしているんだろう、という疑問が頭に浮かんだ。
当然、とっくに亡くなっていることはわかっている。
それでも、『今は?』という疑問がふと浮かんだ。
そして、祖父のお葬式の様子が頭に浮かび、お墓が頭に浮かんだ。
『ずっと眠っている?』
『じゃあ今も?』
『これからも・・ずっと?』
今、現在、私がこうして物を考えているこの時間、『死んだ人』は眠っていて、今もこれからもずっと意識はない。
何もわからない。
自分自身がすべてなくなる。
そして、自分もいずれそうなる。
そこまで考えたとき、怖くて怖くてたまらなくなり、『死ぬのが怖い』と泣き出してしまった。
夕飯を食べている時に、急に泣き出したので母もびっくりしたと思う。
母は、
「ずっと先のことだから。」
「おじいちゃんおばあちゃんがそういうことを言うわかるけど、まだ子供のあんたがそんなこと言うのはおかしいよ。」
的なことを言って慰めてくれたと思う。
その時は、とりあえず泣き止んだが、小学校1年生の時と違って4年生の時に浮かんだこの考えは、ずんと心に重くのしかかってしまった。
親の前で泣いたのは、その時だけだったんだけど、『死んだら、自分がくなってしまう。何もわからなくなる。』と言う考えてはずっと頭から消えてくれなかった。
昼間は、頭に浮かんでも、意識して他のことを考えるようにしても、夜寝るときになるとどうしても考えてしまう。
『いつか自分がなくなってしまう』と考えると、体中の細胞が跳ね上がるようなぞくっとする感覚に襲われて、本当に怖くて怖くてたまらなかった。
本能的な恐怖とでもいうのだろうか・・
とにかく、普通の『怖い』とは質が違って、体中が縮みあがるような恐怖を感じていた。
だけど、最初に泣いた後からは、そんなことは親にも言えず・・
とにかく怖くなるのは夜なので、理由を言わずに、一緒に寝てくれるように頼んだが、
「4年生にもなって何言ってるの。」
と、一蹴された(笑)
小学1年生からずっとひとりで寝ていたし・・まあ、そうだよね。
とはいえ、
「死ぬことを考えると怖いから、一緒に寝て。」
とも親には言えず・・
結局、布団に入っても、寝ようとせず、頑張って起きていて、親が眠ったのを見計らって、親の布団に潜り込んで、寝る、ということを何回か繰り返した。
朝、親にはびっくりされたが、
「怖い夢を見たから・・」
と、嘘をついていた。
『死ぬこと』を怖がってる期間は、かなり長かったと思っているんだけど、子供の感覚だから、はっきりとはわからない。
(この時に『転生』とか『死んだあとのこと』を本で調べまくった気がする。)
結局、本当に『死』について考えずにはいられないが、考えると、怖くて怖くて・・本当に、これ以上考えるもの怖くて・・という状態になっていた。
期間はそれなりに長かったと思うんだけど、当然そんなことずっと考えていたら、精神的にもたなくなり、結局、『死んだら怖い、ということだけ覚えていて、なるべく死なないように気を付けて、後は忘れよう』という結論になり、徐々に落ち着いていった。
それでもたまに、夜に思い出して、怖くなることはあったが、ある程度以上は考えないようにコントルールしながら、大人になった。
娘の場合はどうしたらいいんだろう?
まあ、自分の経験が娘にも当てはまるとは限らないのは、わかっている。
でも、一応当てはめてみると、
『人はいつか死ぬ』というのはわかっているが、実感がなかった小学1年生の頃。
『死』というものについて、考えて、本当に死ぬほど怖かった小学4年生の頃。
当然、思春期にも色々考えることはあったと思うが、私が明確に覚えているのはこの2回。
娘が今、『死』というものを意識していることは間違いない。
ちょうどいい機会だし、『死』というのを話し合ったり、説明したりしてもいいんだけど・・まだちょっと早いと感じる。
というのが、今、娘は『死ぬってどういうこと?』ではなく、『死ぬのが怖い』と感じているからだ。
『死ぬというのはどういうことなのか?』ということであればいくらでもやりようはあるのだが、『死に対する恐怖』は、いくら説明してもぬぐえるものではない。
まあ、死ぬのを怖がるのは正常なことで、『死』を怖がらないよりははるかに良いとは思うんだけど・・
『エレベーターが怖い』『暗いところが怖い』『お化けが怖い』などと違って、こういう『死』というものの恐怖は、取り除いてあげることができない。
しかも、他の『怖い』とは、質が違う。
困ったな。
6歳でここまで『死』というものを怖がることになるとは・・
娘の今の『死ぬ』ことに対する怖さというのが、どの程度なのかわからない。
娘は、感受性は強い方だと思う。
そして、私以上に、ちょっとした疑問を追及してしまうタイプだ。
私が小学校1年生の時に感じた程度の怖さなら、まだいいと思う。
だけど、まだ6歳の娘に、私が小学校4年生の時に感じた恐怖・・本当に体中の細胞がぞわっと身震いするような・・あの心底怖いという感覚を味わせるのはまだ早いと思ってしまう。
まあ、私がどう対応しおうが、そのうち感じることになるとは思うんだけど・・
娘は、私が小さい時に読んでいた絵本や児童書を読み聞かせしても、私が子供の頃なんとなく『ん?』となんとなく疑問に思いながらも、そのままスルーしたところも『それってなに?』『どういうこと?』と、とことん追求するところがある。
『死んだら天国に行く』『お空から見ている』で、通用するとは思えない。
(これは、3歳ぐらいの時にちょっとお話したことがある)
今、『死』について説明すると、ゆえの頭が中がそれでいっぱいになり、恐怖や不安が更に増してしまうような気がするんだよね。
だったら、どうしたらいいのか?
正直よくわからない。
6歳と言う年齢、そして怖がりな娘の性格を考えると、今は『死ぬ』というキーワードを娘の前で言わないぐらいしか対応策が思いつかない。
それともこれは、考えすぎで、『死んだらママと会えなくなる』ということが怖いのかな?
具体的な『死』をイメージしているわけでは、ないんだろうか?
おそらく・・遠くない将来、娘の祖父母との別れを娘は経験すると思う。
その時まで、『死』という言葉を遠ざけていいのか、それともちゃんと話をした方がいいのか、正直自分の中でも迷っている。
まだ、6歳で、直接知っている人が亡くなったわけでもないのに、『しんだってきいたら、こわくなっちゃったの』と泣き出すとは思わなかった。
娘は、言葉に敏感なところがあるから、気をつけないといけない。
色々考えを書くだけ書いたけど、結局、この問題には、まだ私の中で答えが出ていない。
しばらくは、『死』というキーワードを言わないようにして、時間稼ぎかな・・
旦那とも相談して、どういう風に対応するか考えないといけない。
これから先、娘も成長していく中で、難しい問題だな、と思った出来事でした。